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望 -刻字ー

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縦長の木を入手した。
この木に 合う文字は・・・
そうそう
「望」
これがピッタリ

つま先立って遠くを望み見る人の形だ。
遠くを望み見ることから「のぞむ、ねがう」意味に用いるようになった文字である。

グループ展輪書に出品したもの
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by souu-y | 2008-02-12 20:53

与謝野晶子

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柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君
=や者八多のあつ支 遅し越二ふれ毛三帝さ日し可らすや 美ち乎とく君=


大阪堺市生まれの与謝野晶子の生誕地を訪ねたことがある。
晶子は五十六年前 一九四二年に亡くなっている。
今まで 晶子の歌を書いたことはなかった。
新しい額を眺めていると 情熱の歌人の歌を書いてみたくなった。
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by souu-y | 2008-02-12 20:30

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童話屋の「ポケット詩集」の中から真壁仁さんの「峠」の詩に目が留まった。


峠は決定をしいるところだ。
峠は決別のためのあかるい憂愁がながれている。
・・・・
峠にたつとき
すぎ来(こ)しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくそうばかりだ。
峠のうえの空はあこがれのようにあまい。
・・・

この詩の一部分(線の部分)を 作品に・・・

手拓・奥村キヨ氏
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by souu-y | 2008-02-12 09:20

關中八景図

一九九五年 碑林での採拓を第一の目的として中国 西安碑林を訪問した。
曹全碑、興福寺断碑、孔子廟堂碑、顔勤礼碑、争座位稿、石台孝経、多くの碑の中から米芾を まず、採拓し・・・最後に關中八景図を採拓した。
八景のうちの一景この部分を選んでの採拓であったが のちに軸装にしたものである。

 「鴈塔晨鐘」
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矢印部分の採拓である。
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by souu-y | 2008-02-11 09:57

校歌

大和郡山市立郡山東中学校の 第一期生卒業記念に制作された校歌の歌碑である。
当時 夫の勤務地であった関係で揮毫を依頼された。
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校門横に設置されている。
武田良三氏により手拓、軸装されたもの。
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by souu-y | 2008-02-11 08:55

十二支

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ホームページに掲載したものであるが ハガキサイズに甲骨文字で書いた十二支を一つの額に収めた。
右上から下へ「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」
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by souu-y | 2008-02-11 07:45

思い出の作品=毎日展=

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長安雪後似春歸
積素疑華連曙輝
色借玉珂迷暁騎
光添銀燭晃朝衣
西山落月臨天仗
北闕晴雲棒禁闈
聞道仙郎歌白雪
由来比曲和人稀   岑参詩

紅樓疑見白毫光
寺逼宸居福盛唐
支遁愛山情漫切
曇摩泛海路空長
經聲夜息聞天語
鑪氣晨飄接御香
誰謂此中難可到
自憐深院得徊翔  沈佺期詩


昭和五十七年毎日展出品作品


この年の翌々年(昭和59年)に毎日展と読売書法展に分かれる。
最後の2年連続入選、この年は同じ社中から只一人入選した記念の作品である。
以後 読売書法展に出品十回入選、秀逸受賞などあり会友となる。
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by souu-y | 2008-02-11 07:37

思い出の作品=東大阪展=

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夜雨    白楽天詩

漠々秋雲起     漠々として秋雲起こり  
悄々夜寒生     悄々として夜寒生ず
自覺衣裳濕     自ら覺ゆ衣裳の濕ふを
無點亦無聲     點もなく亦聲も無し




昭和五十八年 東大阪文化祭書道展に新しい賞が出来た。
故炭山南木先生の貢献が大きかった この書道展に出来た
新しい賞である。
委嘱会員の中から一名の受賞者が選ばれ、理事となる。
その第1回目に 受賞した作品である。
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by souu-y | 2008-02-10 17:42

千字文

千字文は子供に漢字を教えるために用いられた漢文の長詩で、いろは歌が異なった字を組み合わせて作られた歌であるように 「天地玄黄」から「焉哉乎也」に至る、四字を一句とする二五〇個の短句からなる韻文である。全て違った文字で、一〇〇〇の異なった文字が使われている。一字も重複していない。
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正倉院へ光明皇后が寄進したときの目録:国家珍宝帳(七五一年)には「搨晋右将軍羲之書巻第五十一眞草千字文」があり、国宝の「眞草千字文」がそれだと推定されている。正倉院文書にも千字文を習字した断片があるので、八世紀には習字手本として使用されていた。最澄が延暦寺に納めた図書目録にも、唐から持ち帰った拓本の千字文が記録されている。平安時代の日本国現在書目録(八九〇年頃)には、六種類の注釈本が記載されている。南北朝時代には注釈付本が出版され、天正二年には習字のための「四体千字文」も刊行された。江戸時代には多数の注釈本が刊行された。<ウィキぺディアより>

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今回 甲骨文字で この千字文を書いてみた。
筆を持っている時は 何もかも忘れられる至福の時である。
これは数日を要したが 楽しい時間であった。
もっともっと 沢山書ければ良かったが こればかりに時間を掛けることも
叶わず時間切れの作品で決して満足のいくものではない。
ただ、好きな甲骨文字と戯れた時間には満足している。
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by souu-y | 2008-02-10 17:06

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古稀は 代用字として「古希」とも書く。
「希」はすかし織りの布の形の象形文字である。
上の「爻・こう」はその織り方、下の「巾・きん」は麻布のことで 布の織り目が粗く数少ないということで 元々「まれ」という意味であった。後に「まれ」は稀を使うようになり、希は「ねがう」の意味に使うようになった。
「希」は希望の希でもある。古来稀なり というがまだまだ希望を持って生きて行こうと思う。
ねがいを込めて 大きな筆で元気いっぱいに書いてみた。
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by souu-y | 2008-02-10 16:17